―ザ・ヒストリー・オブ・ギャラリーかわまつ@―

  一九六三年四月二日。竹下桟橋からアメリカ大陸に向かう私とさくら丸はその処女航海の、
出発のときを迎えていた。今から四十年前、二十三歳のときだった。見送りに来ていた両親や
友人達も船内見学の後下船し桟橋でデッキに立つ私達を見ていた。静かにゆっくりと船は岸壁
から離れていった。あまりに沢山の人達なので家族や友人達がもう何処にいるかもわからなか
った。港にある意味もない建物や空を見ていた。出発なのにゴールした時のよう感じだった。
この船、日本を離れて見知らぬ世界に向かおうとしている船に乗るまで長い時間があった。な
ぜ未知の世界に惹かれたのか、たぶん私の、もしかしたら男の本性だったのかもしれない。
  三日前の東京水産大学の卒業式には出席した。この一月間は色

水産大時代の私

々な人に会いに行ったり、今の私を作ってくれた場所に別れを告げに
行ったりして出発の時を待っていた。大学時代の四年間は柔道の練習
と世界一周のリハーサルである無銭旅行に追われていた。学校の勉強
はしなかったので、せっかく入った大学で船舶運用学科に入れず

で世界を回るという夢も潰え、他の方法を探さねばならなくなり焦った

ものだった。幸いな事に私の夢と、それに対する努力と、焦りとを良く知

っていた母がいろいろと手をまわしてくれ、アメリカのロサンジェルスに遠

縁に当たる叔母を見つけてくれた。叔母から千ドル借り、五百ド

 ルを船賃として使い、五百ドル持って、この船に乗ったのだった。

                                                                            

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