―ザ・ヒストリー・オブ・ギャラリーかわまつA―

  私は、神奈川県足柄下郡前羽村前川という、現小田原市の国府津駅近くにある寺に生まれた。明治末期
には詩人の北村透谷が一時期住んでいて、島崎藤村が訪ねたりしたらしい。藤村の小説『春』にはその寺が
ちょっとだけ登場している。私は前羽村小学校を出て、寺の本山である建長寺が経営している鎌倉学園中等
部、高等部に入り、卒業した。
 小学校二年生のとき、二クラスある中でどちらの組の番長が強いか、ということになった。私はお寺の子供
ということで、隣組の番長である漁師の子供と皆の前で組を代表して喧嘩しなければならなくなった。恨みも
何もない人を殴れるわけもなく、はじめはただ面かぶりのクロールみたいにやっていたが、相手は寺の子供
ということでファイトを燃やしていたのかとても敵わなく、とうとう負けて皆の前で泣いてしまった。それ以来、
私の株はダイエーの株の如く下がり、結局小学校を卒業するまで、その人に会うと目を伏せていた。長い四
年間だった。
  だが、「人間万事塞翁が馬」というように、何が幸いするか解らない。新しい学校に通い始めて二、三年し
てから、猛烈に強い人間に成りたいという思いが湧き上がって来た。もう二度とあんな風には成りたくないと。
そして出会ったのが吉川英治の『宮本武蔵』という小説だった。これは私が自分で探した本ではなく、母に頼
まれて学校の帰り道に時々寄っていた、平塚駅近くの古本屋で発見したものだった。全六巻もので、ばらばら

高校時代 本堂の前にて

に半年ぐらいかけて揃えた。母に渡す前に読み始め、自分が夢中に
なってしまった。やっと、かすかに自分の行こうとする道が見えて来
た感じだった。文武両道、勉強し身体を鍛えれば何とかなりそうな気
がしてきた。やりたいことはまだ解らなかったが、今やらなければな
らない事がはっきりして、生きることが随分楽になった。特にその本
の中で惹かれた言葉は「自己完成」。つまり、自分の中には多くの可
能性があり、それを発見して行こうとする自分に対する一種の信頼
感だった。私は始めて私になり私が私の主人公になった。さらに家から鎌倉に通う通学時間が一時間以上
あり、その時間を読書に当てられた事はラッキーだった。
 強くなりたいという気持ちは、弱かった時間が長かった分だけ根が深く持続力があった。武蔵のようにいつ
も一人でトレーニングしていた。そのうち私も自分の力を試すべく、武者修業に憧れていった。

 そして「世界一周」しようという目的が出来あがった。(続く)                             

 

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