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― ザ・ヒストリー・オブ・ギャラリーかわまつ #58 ― |
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私が今威勢よく好き勝手に書くことが出来るのも、一つには自分の限界を感じ始めたからだろう。宇宙を理解したいという大望の中で私は武蔵のようにいつも挑戦してきたしそれを楽しんで来た。学ぶものが沢山あると云う事はいつも私を学生の気分にさせ、謙虚にさせ、さらに私に希望を与えてくれた。しかし最近造られた大英博物館の天文台のような図書館に入ると感じる、私がどんなに勉強し想像を駆使してもこの膨大な知識の1億分の1にも満たないだろうと。むろんそんなことで能天気な私が萎縮するわけはないが、要は1億冊の本の著者はそれぞれで1億個の宇宙をもっているのではないかと。つまり生涯を賭けて恐竜の研究をしてきた人、または完全な日本の地図を創ろうとその後半生を費やした人など、全ての宇宙を理解しなくても自分一つの宇宙をもち、それを育てて行けばよい、そして私の宇宙はこんなふうですと云えばよいのかと。自分に徹することが結局は最大の謙虚さであり、さらにはその限界を認めることが更なる新たな出発点になるような気がする。確かに大所高所から世界を、宇宙を見る事は人間の特権かも知れないが、その人間の宇宙から見るとなんと小さいこと。 |
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解らない事はとりあえず忘れ、解ったと思っている事の中だけで、自分の世界を創る。その後さらに解らない事に挑戦し、沢山のひとの意見を聴き、また自分の世界を修正し、新しい世界像を創る。一度は、せめて60歳ぐらいで区切らないといけない。私にもその時が自然に来た。謙虚さを理由に態度を保留することは、何の意味もないと言う事でもないが、やはり一度はそれが例え不完全でも自分なりの結論を出さないといけない。 |
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それでも私は今、謙虚というものから遠ざかろうと思う。それなしで出来れば100パーセント自分の思っている事を素直に表現したいと思う。 |
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