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― ザ・ヒストリー・オブ・ギャラリーかわまつ #59 ― |
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それは私達の日々の視線と同じで、私達の無意識に見るもの、注視するものはその個性によって決まっているように思える。基本的には私達の注意するものは自分の生命を守るためのもので、それは自分の置かれている環境、その時の環境、唯一自分にしかない環境と自分の性格によって見るものを選択している。 |
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それにしても何故パラドックスというタイトルに固執しているのかと言うと、確かに原因と結果は時間の流れの中に在り逆行はしない、つまり結果が遡って原因に、時間さえも遡って原因に作用することは絶対に有り得ない筈と。時間を遡るという事は、何度アインシュタインの相対性理論を読んでも私には理解出来ない。理屈では可能でも生物としての私には命を無視した理論はほとんど無意味なのだ。私は死んだ経験が無いので死後のことは想像が出来ないが、命が在るからこそ意識もあるのだと思っている。その意識が命を無視することはどんな理論も無意味に近い。 |
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35億年前に命が生まれたらしいが、バクテリアから、つまり単細胞生物から多細胞生物が生まれたのはわずか5億年前といわれている。さらにホモサピエンスとなるとわずか、せいぜい20〜5万年前ぐらいからの歴史しかなく、地球の歴史から見ると、ごく最近現れた動物らしい。無論最近現れたといっても急にボウフラのように何も無い、水の中から突然現れたのではなく、ちゃんと猿から類人猿、そして現代人と一応時間をかけて変化してきたのだから、それも自然の流れなのだろう。 |
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